Work Text:
「……タツナミ?」
春夏冬ハルの筋肉が、立浪シオンの噛みしめる歯の下で弾けた。牛肉に似た味。しかしそれよりも甘く、やわらかい。
最初は、ハルは快楽の声を漏らしていた。だが今は違うかもしれない。ほとんど何も聞こえない。ただ、やめることだけはしたくなかった。
いちばん奇妙だったのは、その肉がシオンの体温とまったく同じに感じられることだった。自分の体に属しているかのように。だが血の味は、自分のものとはまるで違った。
考えてみれば当たり前のことだ。健康や食生活や、何かで血の味は変わるはずだ。血液型だって関係あるのかもしれない。ハルの血はうまかった。
歯がさらに深く沈み、震える筋を引きちぎる。薄く張った皮膚が顎の圧力で裂ける。身をかがめると、肋骨が鍵のかかった扉のように脆く押し返してきた。数度のきしみのあと、身体は大きく割れ、奥から熱が立ちのぼる。
シオンはその内臓に手を突っ込んだ。
もっとも栄養のある部分、脂ののった部分。舌のうえでバターのように溶けていく。小さな泡粒がいくつもの料理に使えそうだと、くだらないことを考えた。その泡がわずかに脈打っているように見えた。脂に閉じ込められた小さな肺が、焼かないでくれと訴えているように。そう想像すると、思わず笑みが漏れた。
脳だけは食べなかった。危険な菌を持っているかもしれない、死に至るかもしれないと知っていたから。
ハルの身体に爪を立てながら、シオンはどうしてこうなったのかを思い返していた。少しの噛みつき、性的な遊び、そこから始まったことが——今に至っている。ハルは望んでいなかった。だがシオンは知らなかった。すべては愛情に思えた。贈り物のように。
駅の中をハルを抱えて歩くこともできたかもしれない。家に帰ることができるのなら、連れて帰ることも。職場へも。もう一つの贈り物のように。
けれどこれは妥当な罰だった。ハルにはこれがふさわしい。
魂を喰らいたくなるほどおぞましい。まだ犯していない罪への復讐。
ハルは再び、自分の吐瀉物に喉を詰まらせた。白目を剥き、ほとんど残っていない命。
「先輩、怒らないでくださいよ」ハルは呑み込んだ。「僕が食べてることに怒らないでください」
——あなたは僕の罪を食べてくれていた。
シオンはハルの手を取り、その薬指に噛みついた。まだ生きているかどうか確信はなかった。もし生きていたとしても、かろうじてだった。ハルからはもう何の音も聞こえなかった。
薬指を噛み砕く。骨の感触、そして砕けていく感触。飲み込む。
愛が二人の身体を洗う。血がスラックスに塗られ、擦れあう。
その瞬間、シオンがもっとも執着していたものを思い出した——目。あの濃い藍色の美しい目。ネットで目を食べる男たちの動画を見たことがある。ただの好奇心だった。現実になるはずではなかった。
爪を使い、ハルの瞼の奥に差し入れ、やがて眼球を眼窩から外す。強く引くと、手のひらに落ちた。
二人は見つめあった。その目がシオンを見た。
動いた。生気を帯びたまま見ているように、動いているように思えた。
シオンは春夏冬の上に吐いた。二人の嘔吐が混じりあう。まだ泣かなかった。美しかったから。これが起きるべくして起きたことだったから。これが自然だったから。
誰もが喰らう。
「食べることが趣味」なんて言う人間をシオンはずっと馬鹿にしていた。だがそれが本性だ。
人間だってそうだ。すべての動物は食べる。身体は食べることを強いる。そしてときに、獲物のほうが自ら食べられることを許すことさえある。
目を口に入れ、噛む。汁が飛び散る。ゼリーに近い。中心はもっと温かく、ハル自身の体温で火が通っているようだった。
すべてが甘かった。人間は甘い。鉄があるからだ。あなたは鉄だった、地球だったから。あなたは水だった、地球だったから。特別でも何でもない、ただの食べ物だった。食べられずに捨てられるなら、その身体は何の意味がある?
僕たちは皆、栄養を運ぶために生まれてきた。それが違うのなら、なぜ僕たちは食べられるようにできている?
生物は残酷だ。脳を発達させて自己防衛をさせるくせに、身体は消費できるままにしている。仕組まれている。悪質な冗談だ。
自分の骨格が皮膚から抜け出し、四つん這いの白い獣となって、置き去りにされた抜け殻の自分を引きずって歩いていく光景を想像した。それこそが真の冗談だった。身体は自分なしで生きようとする。
シオンはその目を汚い粥になるまで噛み砕く。口の中で滑り、転がり、奥歯に押し寄せる。
ハルの腸を引きずり出し、自分の腿の上にのせ、裂けないように捻じる。縄を強くするために。
ぼんやりした頭と身体で、これから何をすれば、この出来事から目を逸らせるかを考えた。
恋人を食べた事実を隠すには、自殺に見せかけるのが一番だろう。天才的だ。少なくとも今はそう思えた。
ポケットナイフでハルの腸を切り離す。臍の緒を切るように。
生まれ変わる。新しい身体、新しい料理。何も残らず、すべて新しくなる。
もし神がいるなら、シオンはその存在を確かに感じていた。これは自分の宗教であり、この駅は教会だった。
自分を死のために創った存在を信じること。死が最高の達成でありながら、自分自身は決して体験できないこと。
食べることによって命を与える。命は消えず、流れ、酸に溶け、別の身体に組み替えられる。命を消さなかった。春夏冬ハルの胃は墓ではなく揺りかごだった。
臓物を結び、天井のファンにくくりつける。ハルの身体を押し上げ、手を離し、ぶら下げる。
偽装とは思えない光景。だが、なんと満たされることか。
シオンは冷たいベッドにひとり座り、顔を熱く赤らめていた。
「もう、痛くないですよ、先輩」
